「彼は君の患者なんだね?」
「はい、そうなんです」
先生はそう僕に聞くと少し戸惑いを隠せないようで
「名前は?」
「チャンミンさんです」
「…チャンミン…?」
眉をひそめて黙ってしまったので僕もどうするべきなのか戸惑う
「今日は何故ここに?」
「あぁ、彼は記憶喪失なので、何か思い出すきっかけになればいいと思いまして、今日は外出をしてみたんです」
「…あぁ、そうか、そういう事なのか…」
先生は何故かチャンミンさんを悲しそうに見つめ僕に言った
「少し君と話がしたい
もう病院に戻るかい?」
「そうですね、そろそろ戻ろうかと思っていた所なので」
それから僕達は4人で病院に戻った
*****
「シム先生、本当にお久しぶりですね」
「あぁ、最初君に気付かなかったという事は、お互いそれだけ年を重ねたという事だな」
「ふふ、そうですね…」
シム先生
懐かしいなぁ…
「先程の患者の事なのだが、詳しく聞かせて貰えないだろうか?」
「チャンミンさんの事ですか?
えっ、もしかして先生彼の事をご存知なんですか!?」
「…似てるんだよ…」
「似てる?誰にですか?」
「息子の旦那だ」
「…え?」
「数ヶ月前に忽然と消えてしまった息子の旦那に瓜二つなんだ」
「なるほど…」
チャンミンさんが病院に運び込まれたのも同じく数ヶ月前で
それからひと月目覚めなかった事
目覚めた時に名前はチャンミンだと自分で名乗った事
リハビリのお陰でやっと外出できるようになり、今日が初めての外出だった事を伝えた
「…チャンミン…か…」
「…先生?」
ふと先生を見ると涙を堪えていて
僕は言葉を繋げない
「そうか、そんなにも…」
堪えきれなかった涙がぼろぼろとこぼれ落ちて
「見つけたらぶん殴ってやろうかと思っていたのにな…」
「それは、」
「そうか、全てを忘れても
チャンミンの事は覚えていてくれたのか…」
「…え…?」
シム先生が落ち着くのを待つ
それはいったいどういう事なのか
「失礼、見苦しい所を見せてしまったね…」
「いえ、」
「…彼の名前はチョン・ユンホ
私の息子チャンミンの旦那だ」
「…え、、」
チャンミンさんはチャンミンさんじゃなかった
それは大きな驚きで
「良かった、やっと見つけた…」
嬉しそうにそう言うシム先生
そうなるとこれからチャンミンさんに色々と話さなくてはならないんだな、と思う
あっ、チャンミンさんじゃないや
チョン・ユンホさん、だ
「息子を連れて来れればいいのかも知れないが、生憎今は長距離での移動は出来なくてね…」
「そうなんですか?」
「もう少しで産まれるんだ…」
「…え?」
「ユンホ君とチャンミンのこどもが」
「…そう、なんですね…」
「テミン君、とりあえずユンホ君のご両親に連絡を入れるよ
きっと飛んでくると思う
それからご両親に本人確認をしてもらって本人であれば私の病院に転院させたいのだけれど」
「はい、わかりました」
何ヵ月も動かなかった状況が目まぐるしく動き出した
それはユンホさんにとってとても良い事だとわかっているのに
寂しいと感じている僕がいた…
先生は僕の目の前でご両親に連絡を入れた
スマホから大きな声がして驚いているのがわかる
「確認が終わるまでチャンミンには内密にお願いしたいのですが、」
ユンホさんの有るべき場所へと帰る準備をしなくてはならない
喜ぶべき事なのに、僕は…
「ほんと、サイテーだ…」
ユンホさんの記憶が戻ればいいと口では言いながら、一生戻らないで僕と一緒に生きて貰えたらいいのにと勝手な事を思っていた
記憶を取り戻したいと嘆くユンホさんに寄り添って
彼の内側に入り込みたかったけど、それはもう終わり
電話を終えた先生は院長室へと行ってしまった
きっとそこでユンホさんの事を色々と話して転院の手続きとか決めてしまうのだろう
それならば、残された僕の仕事はひとつ
笑顔で送り出してあげる事だ
「できるかな…」
大丈夫、僕は今まで沢山の出逢いと別れを経験してきたじゃないか
そうだよ、僕は出逢いと別れのプロフェッショナルなんだ
「…ふふ…w」
なんだよ出逢いと別れのプロフェッショナルって
あぁ、思考がおかしくなってる
なんでかな
「…ぅ…っ…」
大丈夫、まだ、本気で好きになってなんかなかった
まだ、気になってた程度だ
寄り添いたいって思ってただけ
彼は患者だ
僕は医者だ
公私混同はしちゃいけない
「…してない…」
僕は、そんな事してない
*****
それから数日のうちにユンホさんの転院が決まりあっという間に別れの日
僕は笑顔で送り出すって決めてたから
余計な事を考えないようにしてた
まぁ、うちの看護師さん達がイケメンがいなくなるという現実に文句を言っていたけど、それはスルー
「ミン先生、色々とお世話になりました」
「ユンホさん、お元気で」
記憶が戻らないまま自分のいた場所へと戻る事になったユンホさん
期待と不安で戸惑っているのがわかるのに
僕はもう何もしてあげられない
「ほんと、ミン先生にはお世話になって…」
「…テミンです」
「え?」
「ユンホさん、僕の名前はテミンです」
えっ?って顔のまま止まってしまったユンホさんに
最高の笑顔で
「ユンホさんの記憶が戻るように、流れ星に祈っておきますね」
「…風邪、ひかないでくださいね」
「僕は大丈夫です、強いんで」
あの日病院の屋上で探した流れ星
今度はひとりで探してみようかな
「…テミン先生、ありがとうございました」
「はい」
大丈夫、僕はユンホさんの幸せを願うよ
『wish upon a star』
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